寺カフェ法話


僧侶「三浦性曉」による、役に立つ法話。


『別れと出会い』~苦楽一如~


3月から4月は、卒業・進学・就職・転勤・転職・退職など、生活が大きく変わる時期です。学業を成し遂げ、充実した喜びと共に旅行に出かける人もいることでしょう。また、新しい生活のために、住居を探さなければならない人もいます。時間がいくらあっても足らない慌ただしいシーズンですね。
そして、こうした時には、友との別れ、先輩後輩との別れなど、様々な別れがつきものです。
仏さまの教えでは、人は誰でも、愛しく思う人と必ず別れなければならない苦しみ「愛別離苦(あいべつりく)」を抱えていると説きます。例えば、卒業では、学業を終えたという達成感や満足感もありますが、この苦が喪失感と共に襲い掛かってきます。想定はしていたものの、それが現実になる寂しさや悲しみは、人にもよりますが、決して生易しいものではありません。

一方、新しい生活の始まりは、一抹の不安はあるものの、晴れやかで喜びに溢れているように思います。なぜなら、自らの可能性と希望が一番膨らむ時だからです。そして、一番の楽しみは新たな出会いではないでしょうか。
梅の花の見ごろは過ぎましたが、桜は開花の時期を今か今かとつぼみを膨らませて待っています。一つの花が散って、新しい花が咲きます。「会うは別れの始まり」と言われますが、「別れは出会いの始まり」でもあるのです。別れは、苦しみを伴うものですが、新たな出会いを迎えるために避けて通れない大切な節目とみることもできます。

仏さまは、苦しみには価値がなく、楽しみだけに価値があるといった偏った見方はしません。また、苦しみを避けておれば、楽しみが来るように思い、楽しみさえ追っていれば、苦しみが逃げていくと思っているのも誤ったものの見方と教えています。そして、楽しいことも度が過ぎれば、苦に変わっても行きます。お酒好きの人にとっては、飲酒は楽しいものですが、飲み過ぎると二日酔いが待っています。これを「苦楽一如」と言い、苦と楽が別々あるのではなく、紙の裏表のようにそれぞれだけで存在はしないのです。

人生のそれぞれの節目は、決して終着点ではなく、単なる通過点でもなく、新たな出発点と言えるのではないでしょうか。そして、その繰り返しが人生のそのもののような気がします。苦あれば楽あり、楽あれば苦ありです。
楽しみに溺れることなく、苦の意味をしっかり見据え、苦しみを背負い乗り越えて行くことが、たしかな人生の歩みを頂いたということになるのです。 別れと出会いは、表裏一体です。どちらも大切にしたいものです。

南無阿弥陀仏


三浦性曉プロフィール
僧侶となって40年、寺院住職23年の経験、また、布教使として30数年の全国での講演活動の実践と学びをもとに、都市開教に取り組んでいます。


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