親鸞聖人 二十四輩


僧侶「安静至邦」による、二十四輩のお寺巡り。


名著『歎異抄』ゆかりの地~報仏寺~


法喜山 泉渓院 報仏寺(ほうきさん せんけいいん ほうぶつじ)(二十四輩外)
宗派:真宗大谷派
場所:茨城県水戸市河和田町887
アクセス:JR常磐線赤塚駅から徒歩約20分


今回訪れたお寺は、水戸市にある河和田城の城跡に建てられた報仏寺というお寺です。
桜のシーズンになり、お寺への道中、綺麗に桜が咲いた並木道を楽しみながら向かいました。
お寺に着きますと、樹齢100年を迎えるシダレザクラが迎えてくれました。この時期には多くの花見客が訪れるようで、私が参拝しました日もお寺の庭が開放されており、お花見とお寺の参拝どちらも楽しめる日となりました。



この報仏寺は、『歎異抄』といわれる浄土真宗の名著と関わりがあるお寺ということでした。『歎異抄』の著者とされている唯円房(いくつか説があるそうです)が、ここ報仏寺の開基ということです。このお方は、親鸞聖人の直弟子として念仏の教えを聞き、その精神を『歎異抄』に顕わされました。念仏の教えを誤って受けとる方に対して、正しいご信心をいただいて浄土往生してほしいという願いをもって、教えを伝え続けられたそうです。



寺伝によると、唯円房は俗名を北条平次郎といわれ、元々信仰心はなく、荒くれ者だったそうです。一方で、平次郎の妻は熱心な念仏者であり、夫の目を盗んで親鸞聖人のもとへ行き、お念仏の教えを聞いていたそうです。ある時、妻が親鸞聖人から頂いた「お名号」(阿弥陀仏のお名前が書かれた札)を平次郎が見つけ、それを他の男からの恋文と勘違いをした平次郎は、怒りで我を失い、妻を切り殺してしまいます。
妻の遺体を家の裏手にある竹藪に埋めた平次郎であったが、家に戻ると不思議なことに妻が変わらぬ姿で出迎えたといいます。驚いた平次郎は、妻と竹藪を掘り返すと、そこには妻が親鸞聖人から頂いた「お名号」が切られた形で出てきたと言います。

平次郎は妻を疑ったことを悔やみ、妻と親鸞聖人のもとに訪れ、その出来事を申し上げました。すると親鸞聖人は「お名号である仏様は、悪逆という者ども(凡夫)を、仏さまのお光のうちにおさめ取って捨てることはない、尊いお徳を具えているのです」とお二人に説かれました。このご縁を機に、ひねくれた心を持ち、荒くれ者であった平次郎は、親鸞聖人の直弟子として、仏道を歩まれるのでした。
悪逆に堕ちていた平次郎が、仏さまのお心「お名号」に出遇うことにより、人生が変えられてゆくお話を、ここ報仏寺で聞かせて頂きました。正しいお念仏の教えを、時代を超えて残してゆきたいという唯円房の想いを、報仏寺と『嘆異抄』から受け取らせて頂きました。 ぽかぽかな陽気の中、春の楽しみとお寺の楽しみを同時に味わうことのできた報仏寺の参拝でありました。


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