親鸞聖人 二十四輩


僧侶「安静至邦」による、二十四輩のお寺巡り。


親鸞聖人の孫・如信上人~願入寺~


原始真宗大網門跡 岩船山 大本山 願入寺
(げんししんしゅうおおあみもんぜき いわふねさん だいほんざん がんにゅうじじ)
開基:本願寺第二世 如信上人
場所: 茨城県東茨城郡大洗町磯浜町7920


茨城県の大洗町は、海岸線に面し「大洗水族館」や「幕末と明治の博物館」など、自然や歴史に触れることのできる町でした。今回私が訪れたお寺は、この大洗町にある「水戸八景」に選ばれた巌船夕照 (いわふねのゆうしょう)という綺麗な景色を、お寺の裏手から望むことのできる願入寺というお寺です。



この願入寺は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の孫にあたり、本願寺第二世である如信上人が開かれたお寺です。これまでに足を運んだ二十四輩のお寺は、親鸞聖人の説かれるお念仏の教えや、聖人のお人柄にひかれ、念仏者となられた方のお寺(法脈)が殆どでしたが、願入寺は聖人の血縁によってその教えが引き継がれた「血脈」の寺でした。浄土真宗のなかにも、浄土真宗本願寺派(西本願寺)や真宗大谷派(東本願寺)といった幾つもの宗派に分かれていますが、現在の願入寺は「原始真宗」に位置づけられており、宗派の垣根を超えて参拝者を迎えているようです。 如信上人は、親鸞聖人63歳の時の初孫でようで、約20年間直接お念仏の教えを聞き、その後京都の地から現在の福島県に大網御坊といわれる念仏道場を開き、布教活動に専念されたようです。寺伝によると、如信上人は祖父である親鸞聖人の往生後、毎年の御命日(亡くなった日)には「必ず大谷(京都の祖父の墓所がある地名)に還りて一七日(ひとなのか)念仏を修す」と、上洛されたといいます。
如信上人は、生涯を通し祖父から聞いたお念仏の教えを一心に伝道され、また京都と関東の門弟方とを繋げる役割もされていたようです。念仏道場が願入寺の起こりとなったようですが、戦乱等により度々移転したようですが、江戸時代に水戸藩主であった水戸光圀公の庇護を受け、現在の寺地を与えられたといいます。



お寺に着きますと、とても大きな梵鐘が目に止まりました。東日本最大というこの鐘は「やすらぎの鐘」と名付けられ、1打300円でどなたでも撞けるようです。


東日本大震災での被害




本堂の正面には、人が立ち入ることが出来ないように柵で囲まれていました。本堂横の事務所に伺いますと、本堂とは別の建物内にある美しいお仏間に案内をされました。現在本堂は、東日本大震災の際に基盤が歪み、お参りの出来ない状態のようで、お仏間で代わりのお参りをしているそうです。
お寺は、周辺地域の門信徒による支えによって維持をされます。しかし、震災の被害に遭われたのはお寺だけではなく、周りの家々にも大きな傷跡を残します。願入寺は町が望めるような高い位置にあった為、津波の被害はなかったようですが、門信徒方が生活をされている漁港などの町では、津波の被害が大きかったようです。お寺の本堂の修繕はまだまだ時間がかかるようですが、少しずつ本来の願入寺へ戻していきたいと聞かせていただきました。
世間の流れや環境の変化によって、常に移り変わる世の中ではありますが、反面時代を通して変わらぬ教えをひたすらに守り続ける願入寺の姿を見させていただきました。「また次は(何年後か分かりませんが)、本堂へお参りにきますね」とお話をして、願入寺を後にしました。


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