親鸞聖人 二十四輩


僧侶「安静至邦」による、二十四輩のお寺巡り。


新潟を巡る旅①~親鸞聖人ご流罪の地~


場所:新潟県上越市「居多ケ浜記念堂」「五智国分寺」「ゑしんの里記念館」


今回の親鸞聖人の足跡を辿る旅は、関東を離れまして、新潟県までやって参りました。親鸞聖人のご生涯に於きまして、新潟・上越(越後)は浅からぬご縁のある土地です。この度のコラムは、二か月に分けまして、ご流罪の土・二十四輩のお弟子のお寺をご紹介したいと思います。

親鸞聖人はお生まれになられてから、京都で35年間を過ごされましたが、1207年に承元の法難といわれる念仏弾圧により、京都から越後国府(新潟県)へご流罪になりました。そして流罪の罪を許されるまでの4年、さらに関東へと移られるまでの3年の計7年間を、この越後の地で家族と共に生活をされたといいます。現在でも、新潟県上越市には親鸞聖人の足跡が多く残されており、私自身もぜひ訪れたい土地でありました。



東京駅から北陸新幹線に乗り込み、二時間程かけて上越妙高駅(新潟県)へ参りました。上越市に着きまして、まず訪れたのは、親鸞聖人が初めて越後に上陸したという「居多ヶ浜」です。日本海が一望できるこの場所には、「親鸞聖人御上陸の地」という石碑が建てられおり、「居多ヶ浜記念堂」という親鸞聖人の資料館もございました。高台の見晴らし台から美しい日本海を望みながら、親鸞聖人の面影とご苦労を偲ばさせて頂きました。
また、居多ヶ浜の近くには、五体の如来像をご本尊とする「五智国分寺」(当記事巻頭の写真)というお寺がございますが、その本堂の真横に「竹之内草庵」という小さな草庵がひっそりとございます。この草庵は、親鸞聖人が居多ヶ浜へ上陸後、一年間程お住まいなった処であり、現在では親鸞聖人の座像が御安置されおり、また天台宗のお寺に関わらず境内には大きな親鸞聖人の石像がたてられていました。流罪後も、お念仏の教えを大切にしながら、家族と共に過ごされた光景を思わせて頂きました。



そして、流罪の刑に処され、波乱の人生を歩む親鸞聖人をいつもお近くで支えられたのが、妻である恵信尼さまでありました。恵信尼さまが娘達らに書かれたお手紙『恵信尼消息』には、親鸞聖人のご生涯を知らせていただく上で、貴重な文献となっています。その恵信尼さまの墓所が、ここ上越市にあり、現在では「ゑしんの里記念館」という綺麗な資料館が建てられています。当時としては87歳という長寿を全うされた恵信尼さまの生き方を、この記念館で知ることができ、また手を合わせお念仏させていただくご縁を賜りました。





今回訪れました新潟の町は、「親鸞聖人のゆかりの地」と看板を見かけるほどに、ご縁の深い場所でありました。
親鸞聖人の足跡を辿りながら、沢山の学びと出遇いを頂いていることを有難く感じます。親鸞聖人のご苦労と、お近くで支えられた恵信尼さまのご生涯を、新潟を巡る旅で知らせて頂きました。
次回は、新潟県にあります二十四輩、お弟子のお寺をご紹介致します。


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