親鸞聖人 二十四輩


僧侶「安静至邦」による、二十四輩のお寺巡り。


第一番~性信房の報恩寺~


親鸞聖人の二十四輩の第一番、性信房の報恩寺を訪ねました。
報恩寺は、茨城県常総市(下総国横曽根)にある真宗大谷派のお寺です。関東鉄道常総線の水海道駅から徒歩で景色を見ながら報恩寺へと向かいました。道中には鬼怒川を眺めながら、豊水橋という大きな橋を渡って行きました。
報恩寺の近くまで来ますと、大きな本堂、そして境内のある大きな銀杏の木がよく目立ち、すぐにお寺が分かりました。手前の山門横には、大きな石碑に「親鸞聖人 御旧跡二十四輩第一番 坂東報恩寺」と彫られてありました。

報恩寺の開基は、親鸞聖人のお弟子である性信房というお坊さまです。
性信房は、京都で親鸞聖人のお弟子となられ、親鸞聖人が京都から越後(新潟県)に配流に処された際も、共に同行し、その後の関東における伝道にも積極的に関わった人物とされています。報恩寺は、元々、無住となっていた大楽寺という真言宗のお寺をもらい受け、念仏の道場として性信房に託されたそうです。
親鸞聖人が関東から京都の地へと戻られる際、性信房は関東に残り、布教伝道を続けられました。当時、報恩寺辺りの地域を「横曽根」と言われていたことから、性信房に教化を受けた門弟を「横曽根門徒」と呼ばれています。






境内に入ると、立派な銀杏の木と梵鐘がひと際目を引きました。秋の紅葉の時期には、多くの参拝者が紅葉を楽しまれるようです。
境内を散策した後、報恩寺の御寺族の方にご案内をいただき、本堂にお参りをしました。以前は本堂の屋根も瓦ではなく、茅葺の屋根で、毎年御門徒の方々と手入れをされていたそうです。その際、本堂の屋根からは鬼怒川を一望する事ができ、綺麗な景色だったと話されました。

本堂の正面には御本尊の阿弥陀如来の御像が御安置され、向かって左側には、性信房の御像が厨子といわれる大きなほこらに安置されていました。性信房の御像は元々、本堂とは別のお堂に安置されていたそうですが、今では本堂の中で大切に護られているそうです。



~伝統行事~


報恩寺の伝統的な行事として、毎年新年に神社の神主が訪れて「俎開き」が行われています。これは、天満宮から進納される鯉二匹を性信房の影前にお供えし、東上野にある報恩寺(江戸時代に寺基移されたお寺)に届けられ行われる儀式です。
「俎開き」という行事を、私は初めて知りましたが、都内にある東上野の報恩寺にもぜひ参拝し、実際に見てみたいと感じました。
報恩寺では、今でも地域と根付いた伝統的な行事を、大切に執り行われていました。




最後に、報恩寺から200m程離れたところにある「聖人舟繋之松」に足を運びました。
報恩寺が開かれた当時、辺りは湿地帯で、大きな湖沼があったそうです。親鸞聖人も報恩寺に訪れる際、舟を用いて渡られていたそうです。
今では整備された土地ではありましたが、親鸞聖人の時代を想像しますと、多くの御苦労の中で教えを広められていたのだと感じました。

親鸞聖人の傍で教えを聞き、共に同行された性信房のお寺を今回参拝させて頂きましたが、伝統を守りつつ、大切にその教えを継承されてこられた報恩寺の歴史をみることができました。


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